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2021.03.12 自然の猛威
震災から10年の特番を見ながら、あらためて
自然災害の猛威を思い知らされる。
失われた多数の尊い命に黙祷を捧げたい。

東日本大震災の直後もJRAは競馬を開催した。
それは、阪神・淡路大震災の直後も同じだった。
けして否定しているわけでは無く
どんな時も粛々と開催し続ける主催者の姿を
紹介しているに過ぎない。

今日のスポニチannexで当時の福島競馬場の事が
書かれていた。
競馬場は約1年間の開催中止を余儀なくされたが
被災直後は福島市の災害対策本部から避難者受け入れの
要請があり最大で約550人の避難者を受け入れたと報じてあった。
それもまた主催者側がみせた姿でもある。

10年後またも福島県沖の地震で福島競馬場は被災。
JRAは6日、第1回福島競馬(4月10日~5月2日)の中止を発表した。



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4連休に沢山の訪問有難う御座います。

9月21日(祝日・月曜)は「JRAアニバーサリー」

とても注目していた祝日競馬です。

テイエムオペラオー

1番ゲートで負けなかった個性です。

中山第10競走にそんな馬は居ません。

それではという事で「2000年」と指定しているので

1年間負けなかった個性と読み替えます。

一頭いますよね。

3番ゲートのモクレレです。

この馬の個性を強調するために今年の

鹿野山特別2着馬を用意しています。

コアなファンは2004年の

テイエムオペラオーメモリアルも調べたはず。

1着 303 マチカネメニモミヨ
2着 708 トーセンテンショウ

同じ11頭での施行。

2000メモリアル テイエムオペラオーカップ
単勝 3番



ブエナビスタ

18頭戦全てで1番人気を獲得した馬です、

中京第10競走にそんな馬は居ません。

それではという事で「2010年」と指定しているので

1年間連を外さなかった個性と読み替えます。

一頭いますよね。

2番ゲートのサンライズオネスト です。

素直にこの馬でも良いのですが

もう一頭気になる馬がいるんです。

「Jpn」を経験している813クリスティ

個人的には阪神JF出走のこの馬を上位にとります。

2010メモリアル ブエナビスタカップ
単勝 13番



AnniVersary

イラストでは「」で「人と馬」を表現している。

https://jra.jp/news/202008/082301.html

この競走は8枠が唯一、そのテーマを表しています。

まずこの枠は飛ばないと予想します。

冒頭のTMOは皐月賞で「66th」を表現した馬。

そういう事も全て盛り込んであるのだと思います。


仕上げは中京11レースに

JRAアニバーサリーステークス

昨年もやりましたよねと主催者がわざわざ

過去5年の成績として取り上げています。

https://keiba.yahoo.co.jp/race/result/1909040511/

このレースもまた1着と3着で「人馬」を

表現していました。ワイドで18.8倍。

この競走は私の予想を控えます。



セントライト記念は皐月賞のトライアル1着馬の

どちらかだと思うのですが、

ローズSが中京で開催された2006年

この年の1着番を2着に据えた今年の中京ローズ

三頭の松田の馬に対し、今年は三頭の「三文字馬」

シェルズレイと ムジカ

この年のセントライトは9番

その点ではサトノフラッグに有利か。

朝日杯セントライト記念
複勝 9番サトノフラッグ



2020.07.11 警報
よく降りますね。
関西も昼まで警報が出てました。

豪雨で被害を受けた皆様に慎んでお見舞い申し上げます。
一刻も早い復旧を祈ります。

避難されておられる皆様には、一日も早く
平穏な日々を迎えられますように祈ります。



「マスク2枚」と「給付金10万円」が
ほぼ同時に我が家にもやってきました。

マスクはともかくとして、10万円は夫婦二人分なので
非常に助かります。

もちろん私が使えるお金ではありませんが。

厳しい家計の中でも一部を貯蓄に廻す方も
いるそうですが、うちの嫁は
「これは直ぐに使ってこそ価値のあるお金」
だと言います。
消費還元してこそ経済が少しは潤うのだそうです。

なんだかもう使い道を決めていて
その言い訳の様にも聞こえるのですが(笑)


今日1月17日は、阪神淡路大震災から25年目。
数日前から、多くの報道番組が取り上げて、否が応でも
当時の記憶が蘇ってきます。

風化させてはいけないと常々、思ってはいますが
なかなか伝える術も、その機会もありません。
せめて自分のブログでは少しだけ
取り上げておこうと思います。

当時住んでいた居住地は岩盤が強かったのか、
電気やガスは止まりましたが、クラックくらいで
大きな被害は無かったのですが、気になって会社へ向かうと
道路は陥没し、あちらこちらで住宅やビルが崩れ
会社の建物は上層階が倒壊しており、しばらくは
後始末に終始した記憶があります。
数年を待たずして、会社そのものが傾き倒産しました。

多分震災の影響で人生が大きく変わった方が、当時多くいらしたと
思いますし、そんな方をたくさん目にしてきました。
仮設住宅から、なかなか転居できない方も多くいました。
婚期を逃し、家庭を持てなかった人も私の周りだけでも、
数人知っています。

当時、消防士をしていた後輩は、出動した現場で
給水ができず、火災を目の前に消火活動ができずに
住民に「早よ、消さんかい!」と胸ぐらを掴まれながら
どうしようもできずに辛かったと話していました。
今は、海水を汲み上げて、六甲山まで届く長いホースで
消火活動ができるようになったそうです。

さすがに25年もたつと、兵庫県内で震災の爪痕が残ったところは
私が知る限り、無いと思っていますが、家族やお知り合いを亡くされたり、
住まいが倒壊し、自らも生き埋めになって九死に一生を得た方
だけでなく、実はいまだに多くの震災経験者が心に傷を持っています。

記憶が蘇るという事は、当時の光景が目の前に浮かぶという事です。
辛かったことや、悲しかった思い出も一緒になって。

小さな地震が起きても、ドキッとしますし怖いです。
南海トラフ地震が30年以内に起きますよと、多くの方が
予見していますが、もう震災は二度と御免だというのは
私だけでは無いでしょう。万が一起きても、最小限の
被害で済むように25年前の教訓を生かせればと願っていますが
あまり自信はありません。